Side, Tide, Guide
ほぼ個人的な日記に過ぎない。それでもオープンな形で残しておこうと思う。
2025/07/28
偶然滋賀を訪れる機会があったので、せっかくならと大城神社に行った。大城神社はカムカムエヴリバディで印象的に登場する神社で、稔さんの印象的なシーンも複数撮られている。光に溢れた境内は、空気がひんやりと澄んでいて好きだった。参拝して、御朱印をいただいた。
カムカム放送から4年半くらいが経って、身近にも世間的にも、世の中は大きく変化した。広島や長崎に行った。そういう日々をやって、人を超えて作品を観ていると自分に言い聞かせたかった。自信のないわたしは、今も周囲からの視線に怯えているし、学び足りてなどいないことに気がついている。祈ることはできる。話すことはできる。そういう積み重ねも合わせて少しずつ進めたら良いと思う。
参拝した帰り道、久しぶりに"On the Sunny Side of the Street"を聴いた。ひなたの道と言うには暑すぎる炎天下の道で聴いたけれど、やっぱり思い出の詰まった大切な曲で、好きを噛み締めていた。
2025/08/06
東京国立近代美術館の企画展を観に行った。カムカムエヴリバディ、そのあとに付随するように出演が発表された特番2回、作品や特番に付随して書かれたブログ、そういうものたちを思い起こすと、幼少から苦手だったとかそういうことをぜんぶ抱えてでも、わたしは戦争というものと向き合おうという気分になる。昨年祖父母を相次いで亡くし、わたしにとって祖父母にあたる人物で存命しているのはひとりになった。その祖母は終戦の年に産まれており(カムカムのるいちゃんと同い年)、戦争の記憶はない。そういうわけで、わたしにとって戦争の記憶に触れるというのは現段階でかなり能動的なものになりつつある。
カムカムエヴリバディでも描写されているように、ラジオから届くニュースは徐々に戦争色を増し、日常はじわじわと侵食されていった。今回の企画展はかなり文化的な文脈に触れられていて、市井への影響がどうやって形作られていったのかを見ることになった。
世論というのは簡単で、メディアの影響を大きく受ける。その逆もまた然りだ。世論にメディアは影響される。現代ならそのメディアにSNSが含まれ、さらにアルゴリズムで個人の思想・嗜好に合うであろうものが流れてくる。選挙の際にSNS戦略という言葉が使われるようになって数年が経つ。つぎにプロパガンダに使われるのはきっと絵画よりもSNSだろう。一見変化のない日常を送っているだけで戦争に流れ着いているなんてことが起こりうるかもしれないと考えると、新鮮に怖い。
画家ではないひとたちが描いた原爆画も多く展示されていて、去年広島でも観たのを思い出した。画だけでなく文字も添えられているものが多いのが印象的で、画はもちろんのこと、その文章の悲痛さを見るたびに苦い気持ちになる。プロパガンダのために描かれた絵画たちがやたら綺麗だったのも印象に残っている。背景思想はどうあれ芸術として優れているものは優れている、という言論についてももうそろそろきちんと考え直す機会が迫っているように思う。表現は自由であるべきだと思う。同時に、表現は多かれ少なかれ製作の意図があって、表現の裏に思想があると念頭に置くことを前提とする。表現が豊かであると感じたとき、思想にも触れていく意識をもつのはパワーがいるけれど、きっとやり続けないといけないことなのだろう。
わたしは「稔さん」の概念を追って戦争の記録に触れてきた自覚があり、今回の展示ではその概念を追う責任を自分に問い直すことになった。生前から一般の人というにはやや神々しく描写され(これは安子ちゃんの初恋フィルターを介していると言われれば納得できる)、再登場のときの白い海軍服姿は汚れひとつなく傷ひとつなく、穏やかな守り神か何かのように映っていた。実際は海上で落命している設定なのだから汚れも傷もひとつもないなんてあり得ないのに。神格化とはこういうことなのかもしれないとふと思った。作中の描写としてのあの姿形であったことは理解した上で、産まれるのを楽しみにしていた娘の前に現れられるのならせめて晴れやかな姿でいたかったであろうことも想像した上で、神格化の要素を否定しきれないことが今わたしの中に燻っている。当時ももっと人間らしい側面を見たかったと思っていたことを思い出した。そのふわっとした感覚や役に対する興味とは別の視点を得られたという意味でも、今日足を運んで良かった。
概念に頼って戦争について学ぶ時期を終えつつあるのかもしれない。2022年ごろから学んできて、もう3年も経っている。長かった。その間に長崎も広島も訪れたし、各地の資料館にも足を運んだ。そこで得たひとつひとつの記憶と共に学ぶ時期に入ったのだろうか。
2025/08/11
否応なしに時間は過ぎていくし、人間には寿命がある。経験を直接聴ける機会は減る一方で、それでも不意にそういう機会に巡り合うこともある。仕事(仮)柄、ご高齢の方と接する機会も多く、この前は特攻隊所属だった方とお話する機会があった。わたしのチームメンバーの一人と特攻隊時代の上官の顔が似ている、とぽつりと溢していた。そこにある意図を深く理解するほど長くお話できなかったのだけれど、80年経っても顔を覚えているってどんな感覚なのだろうと、強く印象に残っている。
毎年この日になるとぽつぽつと「稔さんの命日」という言葉を目にする。概念であろうと想いを馳せ、戦争と今の世界について考えるきっかけになるのだから、エンタメってものすごいパワーがある。どこの国にだって行くことができて、どこの国の音楽も聴ける世界であってほしい。今の世界は残念ながらそうではないからこそ、その悲惨さに目を向けることをやめないと、少しでも良い世界にと生きることを諦めないと、改めて記しておきたい。
星団
アイドルオタクとしてやってみたかったことのひとつ。大好きなひとの大好きなところを歳の数だけあげる、というのをやってみる。今のわたしの、北斗くんの好きなところ30個。
- 「楽しい関係性でいようね」って言ってくれる距離感
- ちゃんと愛を伝えて、愛されることができる才能
- 喜びや驚きを素直に共有してくれる勇敢さ
- 褒められたときの、花が綻ぶような笑顔
- 誰かの「好き」にちゃんと反応するやわらかさ
- メンバーへ向けるリラックスした表情
- 関わる人たちを個人として見ている眼差し
- 自分が紡ぐ言葉の力を知っている聡さ
- 伝えたい感情があると、相手の顔をじっと見つめる癖
- 佇まいに漂う静けさと強さ
- 低音の質感と、声に宿る感情
- 本気で笑ったときの表情
- ここぞというところでしっかり気合いを入れるビジュアル
- 衣装に合わせた布捌きやパフォーマンス
- ステージでの姿
- 表現の引き出しの多さ、振れ幅の広さ
- お芝居での「愛おしさ」の表現の多彩さ
- リアリティとコミカルさを同時に成立させられるお芝居
- 演じることが好きだって伝わってくるパッション
- 言葉の選び方ににじむ余白の感性
- ド王道アイドルの形をしてる魂
- 「6人で立てるなら、どのステージでも最高になる」
- 主演男優賞の授賞式での「一生を共にする」
- その場に立つ理由をいつも探している探究心
- 行動ひとつひとつに意志が見える強さ
- 感性/感受性の豊かさ
- 繊細さとマイペースの両立
- 本気で人生を楽しもうとする姿勢
- 「好き」に宿る説得力
- 一貫性を持ちつつ柔軟に変化しつづけてる胆力
「楽しい関係性でいようね」って言ってくれる距離感
娯楽として、背負いすぎないでって言ってくれる距離感の作り方、とても健全で好き。健全だから好きっていうのもなんかちょっと違うけど、その距離感のつくりかたには素敵だなって思う。持続可能な関係性でいるには楽しいものじゃないと難しいかなって思うし。楽しい関係性でいようねって言ってくれるからこそ、わたしはかろやかに未来を見つめられる。
ちゃんと愛を伝えて、愛されることができる才能
愛されることができるのって才能だと思う。綴ってくれる言葉とか見せてくれる表情でいろんなひとたちとの素敵で楽しい関係性の中にいることがわかる。それって愛することを厭わないひとが、ちゃんと愛で応えてもらえてるってことだと思う。希望だし、見てて幸せになる。
喜びや驚きを素直に共有してくれる勇敢さ
いわゆる「オタク語り」が魅力的なひとだと思う。溢れんばかりのリスペクトと、どうしたってわかりやすい好きの大きさ。それらをきちんと咀嚼して自分の言葉や体験として世間に向けて開くことができる。ある種の勇敢さみたいなものを感じる。
褒められたときの、花が綻ぶような笑顔
特に身近な人にストレートに褒められた時にみられる、嬉しさが全面に出た笑顔があって、その表情がとっても可愛らしくて好き。どことなくあどけなくて、穏やかで、本当に嬉しいんだなってまっすぐ伝わってくるような少し恥ずかしげな笑顔。
誰かの「好き」にちゃんと反応するやわらかさ
自分が「好き」を大切にしているからか、誰かの好きなことや大切にしたいことへの視線がやわらかいと思う。熱狂や憧れや、愛おしさの視線が、自分に向いていても他人に向いていても敏感に感じ取る人。なにかを「好き」でいることのパワーを心底信じているのだろうとも思う。その姿勢をもってアイドルをやっている姿が眩しくて、嬉しい。
メンバーへ向けるリラックスした表情
他の現場でも楽しそうなことはもちろんあるんだけど、メンバーといる時にしか見られない穏やかで柔らかくてちょっと幼くて、安心してるんだろうなってわかるような表情をとても愛おしく思う。以前「6人で立てるならどのステージでも最高になる」って語ってたからパフォーマンスでもそうなんだろうし、割と素に近いところを出しているであろうYouTubeコンテンツでもリラックスして楽しめているんだろうなって伝わってくる表情をしていることが多くて、すごく嬉しくなる。
関わる人たちを個人として見ている眼差し
たとえば、なにか嬉しいことがあった時にその場にいる関係してるスタッフさんにピースサインを送ってみたり、衣装を褒められた時に「衣装さんに届いてほしい」って言ってたり、お芝居の現場で関わるスタッフさんのことをできるだけ名前で呼ぼうとしていたり…そういう人と人との関係に重きを置けるところを好きだと思う。
自分が紡ぐ言葉の力を知っている聡さ
「一緒に頑張ろう」って言ってくれるところ。たとえば新年度始まってすぐの時期のブログで「新生活一緒に頑張ろう」って綴ってくれるとか。普段の更新でも「今日も一日頑張っていきましょ〜!」って言ってくれるとか。「一緒に」って言葉にすることで誰かの活力になるって知ってくれてるんだろうなって思えて好き。
伝えたい感情があると、相手の顔をじっと見つめる癖
たとえば番組で料理を作ってもらって「美味しい」って伝えたい時に相手の顔をじっと見つめて「美味しいです!」って表情をしたり、びっくりさせられた時に相手に「こんなにびっくりしてます!」って表情をしたりして見つめてるの、あまりにも愛らしくて。
佇まいに漂う静けさと強さ
華やかでありつつ、不思議なくらい穏やかで、独特のつかみどころのなさがある。一体どの姿が本当なの?なんて野暮なことを訊きたくなってしまうくらい多彩な表情を使い分ける中で、一貫して漂う凛とした空気感が好き。静かな強さ。
低音の質感と、声に宿る感情
全体的に艶のある声質だと思うけど、低音を歌ってるときの重みがあってよく響いて、ビロードみたいな滑らかさと少し不穏なざらつきが共存している質感が好き。グループで活動している中で低音に居場所を見つけてさらに磨いていってるのが感じられるところも好き。
本気で笑ったときの表情
本当に楽しいんだな〜嬉しいんだな〜って伝わってくる笑い方で好き。はしゃいでるわんちゃんみたいだなとも思う。くしゃっとした、ふわっとした、柔らかくてハッピーな笑い方。笑いと撮れ高の神様がついてる。バラエティをメインに活動しているメンバーではないけれど、番組でビールを注ぐってなった時にビールサーバーが暴発しちゃったり、フランベ失敗しちゃったり、どことなくポンコツで人間らしいところが好き。
ここぞというところでしっかり気合いを入れるビジュアル
メガネはもちろんのこと、アイラインとかアイシャドウとか、気合いを入れたい時にメイクでも気合い入れたよ!ってわかるの、とても好き。ちょっと濃いめのアイシャドウとか跳ね上げたようなアイラインとか。ピンでとめてポンパドールにしてくれたり、一回のライブの中で何回も髪型変えてくれたり。そうやってこちらに多様な姿を見せようとしてくれるところも好き。
衣装に合わせた布捌きやパフォーマンス
たとえば、カメラアピールの魅せ方。アイドルを志してアイドルになったからか、ずっと前からカメラアピールが上手だなと思う。ファンの求めてる姿を的確に表現に起こしてくるからすごい。衣装の布の翻し方とか、ジャケットの靡かせ方とか、衣装のシルエットに合わせて踊り方を変えてるんだろうなってわかるような布捌きが大好き。ダンスの蹴りとかのシルエットも、なんなら姿勢すらも変えてるように見えてこだわりを感じる。
ステージでの姿
たとえば、歓声を浴びた後の満足げな表情。カメラアピールして歓声を浴びたときに満足げな表情を隠し切れてなくて可愛らしくて好きだなと思う。ライブに行くとたくさん見られる姿なんだけど、それを見に行ってるんじゃないかって思わせるくらい幸せそうな表情をしてくれるので、目一杯大好きを叫びたくなる(そんなこと考えずともかっこよすぎて悲鳴をあげてしまうけど)
表現の引き出しの多さ、振れ幅の広さ
無限に世間に見つかり続けるひとのように見える。音楽番組や映画・ドラマにとどまらず、「気になるひと」になる求心力。表現の幅がひろく、多彩で、どうしたらその場で光れるか知っている人の振る舞いだと思う。インプットの多さからくる引き出しの多さであり、場面に合わせる選択眼の鋭さもある気がしている。
お芝居での「愛おしさ」の表現の多彩さ
昔からせつなげな、憂いを帯びた表情が多彩で、表現が豊かな人だなぁと思ってみていたけれど、最近は愛おしさとか大切に思う表情があまりにも雄弁で多彩で、そこに含まれる穏やかさも熱量も全部ひっくるめてすごく好き。
リアリティとコミカルさを同時に成立させられるお芝居
最近Golden SixTONESがはじまったからバラエティでの(ショートコント的な)お芝居を観られることが多いのもうれしい。そのシチュエーションに合わせてちょうどいい塩梅のリアリティとコミカルさが両立してる。ほんの数秒のお芝居で笑いまで取れること、才能だと思う。一般にはあんまりコメディのイメージは無いのだろうけど、コメディもたくさん観たい。
演じることが好きだって伝わってくるパッション
誰かがつくろうとする世界の1ピースになって染まりきって存在できるひと。演じることが好きなんだろうなって思う。綺麗さも泥臭さも青さも脆さも愛おしさも、そのときの世界観に合わせて表現できるのってやっぱり好きじゃなきゃできないだろうなと思うし、その好きが輝いてるからお芝居してる姿もとっても好き。
言葉の選び方ににじむ余白の感性
余白への目の向け方が好き。たとえば生配信でアーカイブ視聴する人に向けてもコメントを残すとか、ぬいぐるみ選ぶってなったら「俺選ばれてない子にする」ってチョイスするとか、ブログで自分の気持ちを一旦「調査中」って綴るところとか、好きな余白への目の向け方だなって思う。
ド王道アイドルの形をしてる魂
ビジュアルも性格も"ド王道アイドル"って感じの人ではないけれど、アイドルになりたくて泣いた幼い日の夜があったりパフォーマンスがシャカリキで眩しかったり、歓声に敏感だったり、魂がド王道アイドルだなって思う。YouTubeの企画で占われた時も「ファンの運勢も背負う」って言ってて、志してアイドルになった彼らしいアイドル観を感じられて好きだった。ライブのオーラスの時、「次のツアーまで元気でいてね」って伝えてくれるあたたかさが好き。そこにある優しさも誠実さも淋しさも祈りも全部愛おしい。ライブのこと「たくさんの人が集まって、泣き笑いして、明日も生きていこうと思う」場所って定義してくれたのもとっても印象深い。
「6人で立てるなら、どのステージでも最高になる」
グループでパフォーマンスしてるとき、自信満々に見えるし覇気を感じる。6人でいるから、6人でステージに立つから、そういられるんだろうなっていうのを垣間見るたびに、眩しくてたまらない。
主演男優賞の授賞式での「一生を共にする」
俳優もアイドルも両方本業って事あるごとに語ってくれるけれど、この「人生をかけて一生を共にすると集まっている」はとてつもなく深い愛を感じられて、決意表明のようにも思えて、とても嬉しかったし感慨深かった。あの夜、もう一度一目惚れしたような感覚すらある。
その場に立つ理由をいつも探している探究心
いつも「自分(たち)がやる理由」を探して各現場での立ち振る舞いを決めているの、すごいことだと思う。お芝居でもバラエティでも。意味合いを求め続けるしんどさってあると思うから、それと向き合うパワーまで含めて尊敬。
行動ひとつひとつに意志が見える強さ
行動の理由が見える、と近いのだけど、ひとつひとつの「僕はこういう人です」の提示/開示に意志が見える。それはアイドルや俳優として生きる人が、表舞台で輝くひとが、そう生きている由縁のような気がする。
感性/感受性の豊かさ
好きなものにまっすぐに好き!って感じて、愛おしむことができるやわらかさ。自分自身の感性に刺さるものをきちんと選び抜いて愛することのできるひとだってことが、どうしようもなく愛おしい。好きなモノコトを自分のアウトプットに繋げられる才能と努力を惜しまない姿勢も好き。
繊細さとマイペースの両立
ひとからどう見えているかも気にしているし、感性がやわらかで表現するときも細やかで、割と傷つきやすいのかなっていう言動も多くて。でもちゃんと人生を謳歌しているし、こだわりもある。歓声に貪欲になれる胆力も、おひとり様の日常も満喫できる自分のリズムもある。そういうある種の図太さと繊細さが共存しているから人間らしくて好き。
本気で人生を楽しもうとする姿勢
確実に多忙な日々の中でも「好き」をたくさん持ってぜんぶ満喫してやる!っていう気概を見るたびに、眩しく、幸せな気持ちになる。自分の好きなものにまっすぐで、ひたむきで、でもしっかりミーハーで。その上でエンターテインメントを生業にしてたくさんの人を幸せにしている。ときめきに溢れた日々を送って、それをパワーにたくさんのひとを楽しませる健やかさを、とっても素敵だと思う。
「好き」に宿る説得力
「好き」なひとたちからとても愛される人だと思う。それはきっと、その「好き」が深くて誠実で、語られ方にリスペクトも独創性もあるからだと思う。その眼差しに込められた愛はちゃんと重たくて、だからこそ心地よい。北斗くん自身の人生とその「好き」がきちんと交差しているからこその魅力。
一貫性を持ちつつ柔軟に変化しつづけてる胆力
好きの増え方も、その好きとの距離感も、過去の自分自身を踏まえての現在そして未来を見据える眼差しも…変化し続けている人だと思う。変わらないなぁっていう好きも、もっと好きになってしまうような変化もあるからこそ、こんなに長く好きでい続けている気がする。人間って変わるよね、とわかっていつつ、その変化がこんなに愛おしい人に出会えて幸せだと思う。
思えば、北斗くんの「変化」に随分と助けられてきた。変化を厭わず、恥じず、オープンにする勇敢さはずっと眩しい。好きになってからのおよそ6年の間に、わたしは身の回りでたくさんの変化を起こし、また、不可抗力的に起こった変化の渦中にいた。大好きな人たちとの別れも、胸が震えるような憧れとの出会いや接近も、夢が叶ったと思える瞬間とそれに向かうプロセスも、全部変化だった。めまぐるしく揉まれる日々をやっていく中で、北斗くんと北斗くんを通じて出会った作品たちに救われた。普段はあんまり救われたとか言わないけれど、世界は移り変わっていくって知っていたから迎えられた朝があることは、まぎれもない事実なので。
7つ下なので実感としては薄いのだけれど、世間的に見れば30歳というのは大きな節目なのだろうと思う。抗いようのない時間の経過の中で起こる変化すら楽しみにしたくなる人と出会えたことは、わたしの人生の中で間違いなく最高の幸せの一つです。
北斗くん、30歳のお誕生日おめでとう。どうか、健やかで、しあわせで。
懐中電灯
人間は二度死ぬ、という言葉がある。1回目、肉体が消えたとき。2回目、ひとの記憶から消えたとき。
最近、ひとの別れに直面する機会が格段に増えた。命は本当にあっけなく「ちゅん」と消える。徐々に弱って枯れていく姿をほとんど何もできずに見ていることしかできないとか、前日に目の前で呼吸をしていて触れられたひとのからだが次の朝に会いに行ったらもう無いとか、この数ヶ月はそういうことを繰り返している。今のところ、毎回漠然と新鮮に淋しい。まだ全員憶えている。
ひととの別れに多く接する日々の中で、忘れることへの罪悪感や恐怖が重い。その重さがしんどくて、もう日々を投げ出したくなっているときに、映画『ファーストキス 1ST KISS』を観た。はじめて患者さんのことを考えながら観るという体験は、いつもよりスクリーンを眩しく見せた。慣れたように振る舞って見せていたけれど、わたしにとって人の死はちゃんとショックだった。それを認めたら、また日々に戻ってがんばろうと思えた。この心の動きだって、きっといつかは忘れるのだろう。ひとつひとつの記憶が大切になればなるだけ、それらの記憶が失われていくのが怖い。
劇中で、駈は自分がいなくなった後のカンナのために、遠赤外線でおいしく焼けるらしいトースターを注文し、立体四目並べを悩みそうなところに置き、代引きじゃない3年待ちの餃子を頼み、日々の挨拶が書かれた手紙を挟む。日常の中にできる限りの痕跡を散りばめるような行動は、駈のいじらしさの象徴のように感じられて愛おしい。
「きみの前にいることができません」「どうか幸せに」ってある種突き放すようにも聞こえる言葉を綴っておきながら、「いつも君を思っています」って書かずにはいられない人間らしさもまた、駈のもつピュアさと相まって魅力的だ。これらの行動のひとつひとつから、駈の人間性が言葉以外でも伝わってくるように思える。同時に、「忘れないで」「この想いは消えない」って叫ばれているような、ある種の居心地の悪さを消せない。これはわたしがこれまでもこれからも関わって、そして忘れていくひとたちへの罪悪感なのかもしれない。
ひとは淋しさと共に生きていけるし、その歩みは存外に軽やかでしなやかだ。でも、歩いていくうちにどんなに忘れたくないことも忘れていく。誰かの2回目の死は生きていくひとに託される。トースターはいつか壊れるし、立体四目並べを最期の日までできる保証はない。餃子は食べたら無くなるし、手紙だって一緒に棺に入れて燃やしてもらえるのかわからない。物理的なトリガーが無くなると同時に消えていく記憶はたしかにある。忘れるのをゆっくりにするような仕草って、ひとつひとつが執着で愛だ。
忘れるのが怖いというのは、ともすれば、生きていくのが怖い、に直結する。時間が経てば否応なしに記憶は薄れる。このまま大切で幸せな記憶を抱きしめて死ねたら幸せかも、と思うことがある。
今のところ何度も投げ出したくなってそれでも投げ出さずにいる人生の、道標に北斗くんがいる。夢を次々に叶えていくたくましさや、まわりのひとと楽しそうに交流して素敵な人間関係を構築していく愛らしさ、諦めずにもがくところまであっけらかんと見せてくれる胆力…素敵なひとを好きになった、と噛み締めていたらあっという間に6年以上経っていた。北斗くんに出会わなければめぐりあえなかったきらめきがたくさんある。そのきらめきたちが、わたしの人生をやっていく中で道標そのものだったり、道標を照らし出したりしてくれている。
健やかで、どうか幸せで。切実な祈りを向けるたびに、これはわたしの"好き"で、淋しさに形を変えても抱きしめていくものだと確信している。
松村北斗さん、入所16周年おめでとうございます。
アイドルをあきらめないで、アイドルでいつづけてくれてありがとう。大好きです。
人が人を好きになった瞬間って、ずーっとずーっと残っていくものだよ
それだけが生きてく勇気になる
暗い夜道を照らす懐中電灯になるんだよ
2025.02.15
きみを連れずに旅に出た
アクスタも写真も、好きなひとに関係するものを何も持たずに旅に出たのはいつぶりだっただろうか。
最近は旅行というよりは出張が多かったのだけれど、それでも写真1枚は必ずバックパックの中に入れていたし、昔買ったおそろいに近いデザインのブレスレットはジャケットのポケットに入っていた。ちょっとだけ勇気がほしいとき、見たり触れたりすることでパワーをもらってきた。好きになってから6年近く、わたしの人生のターニングポイントにはいつだって好きなひとの言葉や存在があった。
今回、何も持たずに旅に出ることにしたのは意図的だった。23〜24歳の年に何かをなし得たいという目標に対する焦りや(もうすぐ22になる)、他人を人生に巻き込むような好きでい方をする自分自身への疑念や、他にもいろんなことを整理するため。同時にTwitterからも距離をとった。他のひとの言葉に触れず、わたしの感情をわたしの言葉にしていく時間が欲しかった。
脳が茹るんじゃないなんて笑えない冗談を飛ばし合いながら、8月の広島にいた。
高校生の冬に一度、家族旅行として訪れたときとは違う感覚だった。あの頃のわたしは、できるだけ戦争関連の場所に行きたくなかったし、戦争関連の話をするのを避けていた。そもそも知識もなかったから、いざ話そうとなっても話せなかっただろう。(このあたりの詳細は別記事『稔さんに死なないでほしかった』に書いてある)
所属しているサークルの研修旅行の行き先を決める権利を偶然もっていて、広島を訪れることに決めた。わたしが好きなひととその人が演じた役*1から戦争と向き合う機会をもらったように、誰かにとってのきっかけにしたかった。旅程を組むのもワークショップの企画も講話の手配も自分自身でやって、その行程に沿って旅をする中で、知る覚悟を決めた日のことを、どこかでずっと考えていたように思う。
旅の中で平和記念式典にも参加した。朝5時に起きて支度をして、開場を待った。まだ明けきっていない空が綺麗だった。式典に参加して、今までこんな密度でこの日この時間にこのことを考えたことってあったっけ、と思い返した。無い、という結論に至ると同時に、今も世界のあちこちで続いている戦争にも想いを馳せた。自由に行けない国がある。慰霊を目的とした式典にどの国を招待し、どの国が参加するか、ということが国際政治の問題と化している。なんで戦争が終わらないの、という問いに答えられない。
式典に集まったひとたちが何を感じ、何を考えているのか、ぜんぶ知りたいと思った。無知を突きつけられたような気分からくる罪悪感からかもしれないし、いつも通りの好奇心の昂りかもしれない。
平和って結局なんなのだろうとも思った。壮大すぎるようにも思える問いに対してふわりと思い浮かぶのは、わりあい身近な大切なひとたちの顔だった。そのひとたちのことを大切にした先に平和があるのかなぁ。結局自分の手の届くところから少しずつ変えていくほかないのかもしれない。この想いはわたしの場合、言葉の選択に気を配ることや、企業の姿勢を注視して購入元を選ぶことや、誰かと話すことをやめないこと、といった行動に着地していくんだと思う。
研修旅行の最中、ごく自然な流れで戦争関連の話をした瞬間が何度もあった。本来は、そのくらい日常の中で語られるべきことなのかもしれないなぁと思った。社会問題って日常と地続きにあって、それを誰かと語っていくことで考え続けられるって信じてるから。
参加したサークル仲間からいろんな言葉を受け取った。学びのきっかけを想いながら計画した旅で他者にきっかけを与えることができたことを、これから先の人生でもそれなりに大切に抱きしめることになりそうだ。でも、こんな機会はなかなか無いから参加して良かったと言われたことを、いまだに消化しきれていない。きっかけになったのなら当初の目的は達成されたのだから良かったのかなとは思う。同時に、なかなか無いというのはそれはそれで問題だとも思う。研修旅行自体は年に1回あるのだけれど、メンバーが毎年入れ替わるので継続性には欠ける。なかなか無いから貴重なのではなく、たくさんある機会のうちのひとつとして、メンバーやコンテンツに惹かれて参加するものになれば良いのになぁ、それがわたしが好ましく思う形なのかなぁ、とか。
この夏の旅のことも、いつかは忘れる。
汗だくになりながら飲んだレモンシロップ入りのモヒートがやたらおいしかったことも、資料館でいつの間にか涙が出ていたことも、講話で受けた衝撃も、サークル仲間と水辺で夕涼みしながら話したあれこれも、式典の日の朝焼けも芝生の青さも飛び交っていた外国語の会話も、帰りの飛行機の窓から見たキラキラした夜景も、きっかけになった好きなひとに関する記憶も感情も、いつかはわたしの中に溶けて消えていく。
その人の中にある記憶ですらひとりでに溶けて消えていくのに、世代を越えて記憶を繋ぐというのはどれだけ大変なことなのだろうか。忘れたくないことほどすぐに忘れていくというのは、何も個人だけの話ではないのだと思う。
いつだったか、好きなひとが「誰かの中で終わっていないことを勝手に終わりにしないように」というようなことを書いていた。向き合わなくてはいけないことはあまりにも多く、からだはひとつしかないけれど、ひとつひとつ知り、向き合うことを諦めずにいたい。
好きなひとのほんとうを、わたしはいくつ知っているのだろうか。ステージの上にいる好きなひとをアイドルとしても俳優としても見たことがあるけれど、厄介なことに、その姿ですらほんとうである確信が持てない。ファンに向けてつくっている虚像かもしれないと、どこかで思っている。その方が健全なのではと思う自分すらいる。
でも、好きなひとを想ったときにうまれる一瞬一瞬のきらめきや熱量は、誰に何と言われようとたしかにわたしの中にある。どうやっても好きは好きのままで、今回の旅行中も、ふとしたときに、好きなひとがわたしの中にほんとうに与えた影響の大きさを思い知ることになった。わたしはたぶん、好きなひとを想ってうまれた感情を道標に人生をやっている。
きみを連れずに旅に出た。道標がきみだった。
2024年8月11日
星彩
これは、6年目の沼落ちブログです。
"宝くじみたいな確率"
北斗くんはアイドルに憧れてアイドルになったひとです。お芝居をしている先輩の背中を追って芸能界に飛び込んでいるので、俳優に憧れて俳優になった人とも言えるでしょう。
「幼少期から憧れていた職業に就けるのって宝くじのような確率だと思う」といった趣旨の発言を樹さんがしていたことがありました。北斗くんも、幸運なことにわたしも、その宝くじのような確率を引き当てています。わたしにとって、数少ない、でもとっても嬉しい共通項です。
高校2年生の4月、ドラマ『パーフェクトワールド』で渡辺晴人くんに出会いました。北斗くんを初めてきちんと認識して、一目惚れに近い形で好きになりました。
今まで好きになったひとたちと同じように、北斗くんについてをひとつ知るたびに、いっそう好きになりました。北斗くんが嬉しそうだと嬉しいし、できるだけ幸せでいてほしいし。ひとを好きになるということは、世界にきらめきが増えるということだと思います。北斗くんを知る前よりとろろは美味しいし、もとから好きな色だった黒は大好きになりました。おもしろい本を読むたびに、素敵な映画を観るたびに、勧めたい相手ができました。毎日きらめきを数えて、将来への不安が大きかった高校2年生をやり過ごしていました。
高校2年生の11月、20歳の誕生日を目前に控えていた友人を亡くしました。病死でした。出会った頃には既に闘病していて、さいごは大好きな人たちと過ごしたいからと自宅に戻ったばかりでした。
わたしは、希望していた医療系の進路をそのまま選択するか迷いました。間に合わなかったから。わたしは、友人を救えなかった。迷うまで気がつかなったけれど、わたしは確かに友人のために医療系の進路に進もうとしていました。幼少期から医療系のお仕事を意識していたけれど、わたしが救いたかったのはどうしたって友人でした。
迷いに迷っている間に大好きだった部活を引退するタイミングになり、世の中はコロナ禍に突入していきました。
高校2年生の3月、不穏な空気と将来の見えなさに押しつぶされて、夢を諦めるために静岡に行こうと思い立ちました。大好きなひとが過ごし、夢を叶えるために出発した場所を一目見たら、もう何もかも諦めがつくだろうと。そうして着いた静岡のとある駅の天気は今にも雨が降りそうな曇りでした。駅のホームでぼーっと立ち尽くすわたしに、駅員さんはあたたかいお茶を出してくれました。本当においしかった。見知らぬひとの親切に触れて、だだっ広いグレーの空を眺めて、やっぱり諦められなくなりました。きっと諦めたくなかったからあの日静岡を訪れたんだと、今なら思います。
高校3年生、世の中はまだコロナ禍で、学校も塾もすべて休みになっていました。唯一の外出であるスーパーでの買い物すら「若者が出歩いている」と舌打ちされカートをわざとぶつけられる日々。
閉塞感と不安と焦りと。もうすべてを放り出してしまいたかったわたしが、どうにか生きていられたのは『ライアー・ライアー』の発表とか、『NAVIGATOR』のリリースとかでどうにか未来に目を向けられていたからでした。それでもやっぱり本当に限界になったとき、『パーフェクトワールド』の4話を観ました。わたしはやっぱり医療の道に進みたい、と覚悟を決めた深夜3時を今でも覚えています。
そうしてどうにかこうにか希望の進路につながる大学に進んだわたしは、やっぱり大切な場面で北斗くんの言葉や行動に背中を押してもらっています。
わたしはやりたいことを言葉にするようになり、いざというときにわりあい大胆な行動をするようになりました。北斗くんならこうするだろうな、に導かれて見られた景色がたくさんあり、その一つ一つがわたしの人生において大きな意味を持っています。
具体的なことをひとつ言うなら、今特にお世話になっている先生方は、わたしが高校生のときから心底憧れていたひとたちです。北斗くんがやりたいことを言葉にして一つ一つ叶えていくから、わたしも言葉にしていたら、ここ一年で何度か同じ場所に一緒に立たせてもらっています。こんな幸せなことがあるのだろうかと毎度思うし、いまだに信じられません。少なくとも、本来人見知りの激しいわたしのままでは話しかけることすらできなかったでしょう。
今わたしが北斗くんに対して抱いてる感情は、感謝とも憧れとも言えそうで、でもそのどちらとも少し異なる気もしています。ながく好きでいる間に、何か明確な言葉が見つかるのかもしれないけれど、それは先の楽しみになりそうです。
でも、今の段階で確かに言えることもあります。北斗くんが夢を叶えて放つあまりにも眩しい光が、すぐ暗いところに引っ込みそうになるわたしまで照らしてくれています。星が目の前に見えなくても、どこかで光っているんだろうって信じられるということが、宝くじみたいな確率を選び勝ち取る力をくれています。これは紛れもない事実で、ここ数年の「大好き」の理由のひとつです。
"それはきっと「あこがれ」だ"
北斗くんの俳優業について、もちろん役たちそのものも大層愛おしいのだけれど、作品と作品の間にある物語も好きです。それは"俳優・松村北斗の軌跡"とも言え、軌跡そのものも記憶の宝箱に入れておきたいひとつ。
ベルリン国際映画祭で登壇する際、「"Suzume"の黄色い椅子」と紹介されているのを見たら、涙があふれて止まらなくて困ってしまいました。その勇気は北斗くんが描いてきた軌跡そのもので形作られていると考えたら、胸がきゅうっとして、すごく眩しかった感覚を鮮明に覚えています。作品のオファーに『カムカムエヴリバディ』(オーディション)→『キリエのうた』→『すずめの戸締まり』の流れがあることがあまりにも好きで、同時にベルリンという地に『すずめの戸締まり』→『夜明けのすべて』の流れがあることが愛おしいです。
ここまで自分と離脱してなにかになれたメカニズムを最近よく考える。それはきっと「あこがれ」だ。強烈なあこがれはその人間の脳をパンパンにする。動き方や言葉選び、そういうものがあこがれによって変動する。思考だって変わる。あの人ならこうするな。その情景にワクワクして、自分の喜びになる。そうするうちに脳を真ばすための行動が変わるのだろう。
(アトリエの前で 東海ウォーカー2024冬)
北斗くんがあこがれと公言している人たちのかけらを、北斗くん自身の中に見出す瞬間があります。それらは北斗くんの生来持ちあわせた魅力と溶け合って、でも少し異なって見える光を放っていて輝いていて。あこがれを追い求めて自らも光る姿は、名前の由来を体現しているようにも見えます。やっぱり星のようなひと。星に手を伸ばす姿がとっても似合うけど、自らも星みたいなひとだと思います。
北斗くんのキャリアは華やかでキラキラしているけれど、その影に努力と泥臭さが横たわっていると思っています。アイドルと俳優の両輪は、わたしが想像するよりきっとずっと大変なのだろうと、時折考えます。それはスケジュールとかそういうだけの話ではなく。
作品の一部としての自分、という美学をずっと前から話してくれているから、俳優として出演した作品を置いてきぼりに北斗くんだけを眼差されるのは本意じゃないのかな、と思うことが多くて。でも、アイドルとしては北斗くん自身が眼差されるから難しいことも多いのだろうと想像することがあります。
2022年8月14日のとうこうの話は何度もしているから割愛するけれど、作品やお芝居の話をするたびに何度も何度も「作品は俳優だけのものではない」と言葉を尽くしてきた北斗くんを、(とても一方的にではあるけれど)知っています。
「松村北斗さんのファンの方が、映画を何回も見て、美術や映像、演出が素晴らしかったと言ってくださることや、監督の登壇イベントに足を運んでくださることも多くて。まず俳優部への興味で映画と出会い、何度も観るうちに映画が演技だけでなく、それを映している撮影、照明、音響、美術、衣裳、音楽、編集…いろんな要素からできていることに気づいて、もっと知りたいと思ってくれているのだということに、作っている側として、この上ない喜びを抱きました。スタッフ・キャスト、宣伝、出資社、観客の皆さん、すべてひっくるめて映画って最高だなと思います」
「夜明けのすべて」「あのこは貴族」「さかなのこ」…バンダイナムコフィルムワークスの邦画が気になって | レーベル推し #1 | Hanako Web
作品に関わる方がこう語るような状況に至るまでに、北斗くんが言葉を尽くしてきたことが影響していないとは、わたしはどうしても思えなくて。言葉の力を、自分自身に向けられた好きの力を、信じ向き合い続けてきた北斗くんの粘り勝ちだと思っています。泥臭く粘り勝っていく姿に勇気をもらっているし、そういうところがあるから惹かれつづけているのだろうなぁ。
つい最近のANNで、国際映画祭に招待されたタイミングで延泊してプライベートでの旅行を、と語ってくれたことがとても嬉しかったです。粘り勝ちでもびっくりするような飛躍でも、どんな形でも良いから叶えてほしい。いつかその話を聴けたら良いな、と期待しながら、これからも俳優としての北斗くんを眼差していようと決めています。
"僕が「仲良くやっていきたい」を一番に発信する役割を担っていければ。"
今「SixTONES 松村北斗」の好きなところを挙げるなら、メンバーのことを話しているときの表情はかなり上位に入ります。近年のSixTONESの関係性はそのものがとっても特別なのだけど、それを維持しようという心の動きがそれぞれに見え隠れするところがいっとう好きです。だから、北斗くんがSixTONESや5人のメンバーについて語るときの穏やかで凛としてやわらかな表情が大好き。
昔の僕はグループというものを一過性のものというか、もっとあっさりしたものとして捉えていました。だから「いや、仕事の関係だから別にメシなんか行かないよ。遊ばないよ」みたいな発言が多かった。でも6人で活動し始めてもう10年以上が経って、グループは仲良くやっている方が健康的だな、と思うようになってきて。思考が変わると発言も変わって、そしたらグループの思考とか醸し出すものも変わってきたように感じました。一人の影響って大きい。
過去、ネガティブな発言をしていた分、これからは僕が「仲良くやっていきたい」を一番に発言する役割を担っていければ。(AERA 2023年7月17日号)
2021年に「もっとメンバーと仲良くやっていきたい」という話をラジオでしてから、年月を重ねるにつれてメンバーに対しての愛情表現が豊かになっているように感じます。そんな北斗くんを見ていると、未来は自分次第である程度望んだものにできるのではないかと希望を持てます。それに、どれだけ年月を重ねて深い関係性を築いたとしても、億劫がらずに大切なことを言葉にできるって、とってもかっこいいなと思うのです。
"だからみんなちゃんと寝たり食べたり笑ったりしてください"
2024年4月27日の北斗學園で、北斗くんは、「みんなちゃんと寝たり食べたり笑ったりしてください。その理由になれるようにしますけども、さらに意識してください」と書いていました。
北斗くんが「みんな」に向ける目線が心の底から大好きで、それにふれるたびに、わたしはもっと自分の人生を大切にしようという気持ちになれます。北斗くんの「みんな」は一人一人が見えてくる気がするから。不特定多数の「あなた」の集合体としての「みんな」に向ける目線があまりにもあたたかくて、こんな幸せな気持ちにしてもらって良いのかなぁ、と毎回ふわふわした気分になります。
Q. 会いたい気持ちを抑えて応援しているファンの方にメッセージを!
北斗くん「名前も、声も知らないみんなを本気で思っているし、気持ちを届ける努力をしているから気づいてほしい。少しでも孤独感が和らいでほしいと思っているよ。」(anan No.2210)
(実はこの中で特別に好きなのは顔は知っている、と取れることだったりします。ライブで北斗担を見つけてはお手振りファンサしている北斗くんが大好きなので。余談。)
北斗くんも、ちゃんと寝たり食べたり笑ったりしてください。健康でいてね。これに関しては祈ることしかできません。極論、北斗くんがステージの上で毒を飲んでも、わたしにはきっと救えない。でも、北斗くんが気にかけてくれる「みんな」の中のひとりとして、北斗くんの健康と幸せを祈っています。
北斗くんがよくとうこうの最後の方で触れてくれる「明日」や「次」にも何度も救われてきました。その日までがんばろうと決意したから乗り越えられた日々があります。冗談じゃなく「とりあえず明日(次)までは生きるか〜」と思った日も何度かあり、あの日のわたしにとって、北斗くんの「また明日」は文字通り生きる希望でした。大好きなひとが生きる明日をわたしも生きたい、生きなければと思えたから、今もどうにか生きています。
北斗くんは自分がブログの最後に「また明日」とつけることで、その明日も生きようって思えたり、明日がよりきらめいて見えたりする人がいることを知っているんだろうな、と時折想像しています。少なくとも、そう信じることで生きようと思える明日があることを、わたしはわたし自身のこととして知っています。
"星彩"
今回のブログのタイトルに「星彩」と付けました。
せい‐さい【星彩】
1 星の光。
2 ある種の鉱物に、一定の方向から光を当てたときにみられる星形の光像。
かけらを集めてわたしだけの偶像をつくって。それでもどこか掴みきれない北斗くんのことを、見えている部分と見えていない部分のバランスも含めて、とても好いています。
新しいお仕事が発表されるたびに嬉しくて泣いちゃうこと、勇気を出したい日に北斗七星のネックレスをつけていること、おすすめだと言っていた作品やアーティストを片っ端からチェックしていること、それから、それから。「好き」の形で彩られた日々は、本当にキラキラしていて、幸せで。そんな夢のような輝きをつくり上げるための想いに、せめて受け取り手として誠実でありたい。そんなことを考えながらこのブログを書いていました。
5年も経てば、変化したこともたくさんあるでしょう。もしかしたら、変化したことの方が多いかもしれません。それでも相変わらず、ずっと、北斗くんのことがとても好きです。
29歳の一年が、北斗くんにとってよきものになりますように。
稔さんに死なないでほしかった

せっかくこのようなマシュマロをいただいたので、スペースで返したけれど、ブログにして残してみます。
このマロが送られてきた頃*1に「ファンアカウントで社会課題を語ること」に対する諸々がTLに流れていたことは、ツイートこそしなかった(シンプルに生活に余裕がなかった)けれど把握していました。
マロ主さんもおそらくご存知の通り、わたしも、ファンアカウントで社会課題について意見を述べたり、FFとスペースで語ったりします。そうすることで、今までと違う見方や新しい知識を得たり、話すことで考えが深まったり、という経験をしています。
わたしは、稔さんに死なないでほしかった。
一言で表現するなら、これが、マロ主さんの質問に対する答えになってしまいます。稔さんに死なないでほしかったから、わたしはファンアカウントで社会課題の話をします。
ここから先はほぼ自分語りなので、気になったら読んでみてください。(たぶん1000字くらいあります)
わたしは以前NEWSのオタクをやっていたことがあり*2、そのファンアカウントではそういう話をしていませんでした。コヤシゲのふたりがやっていた番組で社会課題を取り扱っていたけれど、その感想として社会課題についての意見を述べることもしていなかったと記憶しています。アカウントを消してしまったので確認はできませんが。
幼少期からいわゆる戦争モノが苦手だったわたしは、考えることから逃げ回ってばかりでした。修学旅行で祈念館に行っても早々に出て、家族旅行で訪れたときも休館であることを嬉しく思うくらいでした。雰囲気が怖い、ビビリだから。そんな言葉で済ませて良いんだろうか、良いわけがない。罪悪感を感じていました。でも何もせずにいました。
カムカムエヴリバディは、初めて本気で観た戦争の傷跡を濃く描いた作品になりました。かなり早くに稔さんが戦死するネタバレを見てしまい、そうとわかっていながら観ました。お恥ずかしながら、お芝居の方向に意識を持っていって、北斗くんを透かして見て、また向き合うことから逃げようと思っていました。でも逃げられませんでした。あの時代を生きたひとたちの大きな願いの中に、その先に、今のわたしたちの生活があることにようやく自覚的になりました。
そして、その数ヶ月後、北斗くんが「僕たちは戦争を知らない」という戦争ドキュメンタリーの番組に出演することが発表され、とあるブログ*3がとうこうされました。そのブログには、これまでにないくらい直接的に「自分自身の存在はきっかけに留めて、趣旨や届けたいメッセージのために時間をください」という内容が書いてありました。そして、番組について「北斗くんかっこよかったーとかじゃない思いが残る見方をしてもらえたらって願います」と締められていました。
番組を観たら感想を残す、という行動はいつものまま。初めてファンアカウントで「戦争」そのものの話をしました。それからのわたしはタガが外れたかのように、戦争に関する資料館に行ったり映像作品を見たりしました。学べば学ぶだけ、受けた被害の大きさやしてしまった加害の酷さ、理不尽な制度や社会構造…いろいろな事実に触れました。朝ドラはフィクションです。稔さんは実在しません。でも、わたしは彼が生きていられる世界であってほしいと、事実に触れるたびに強く思うのです。聖人君子じゃない、必死に理想を体現する青く脆い人間が、未来を選べる世界であってほしい。
今わたしはいわゆる「戦時下」ではない世界に生きています。今の世界なら稔さんはきっと生きていられる。もしかしたら留学だってできていたかもしれない。そういう世界ができるだけながく続いてほしい。
残念ながら、発言せずに胸の内に留めたことは「なかったこと」になる世の中です。発信して、誰かと共有して、初めて世間に「ある」と認識されます。好きな人が出演した作品の感想と地続きに戦争の話があるように、わたしたちの生活の地続きに社会課題は存在しています。生活をしながら好きな人を好きでいます。だからわたしはファンアカウントで社会課題の話をします。
関心
このブログを書く予定はなかった。これから書くことは、いつかスペースか何かで軽く触れて終わりにする予定だった。でも、FFを含む何人かが同じテーマについて話しているスペースを聴きながら、形としてきちんと残しておこうと思った。
映画『成功したオタク』の感想(注意:ネタバレ有)と隙自語・思考の整理がメインで、普段のブログとはかなり毛色が異なる。それでも、このブログの記事として書いておこうと思う。
思いのほか長くなってしまったので、見出しをつけて分けてみた。興味があるところだけでも読んでくれる人がいたら、とても嬉しい。
映画を観ながら考えたこと
わたしは基本的に自分のことを好きじゃないけれど、オタクとしてのわたし自身は決して嫌いじゃなくて、好きな人たちはもちろん、好きな人たちの存在を通して出会ったひとや機会や物事が大切で…そんなことを考えながら映画を観ていた。
わたしはわたしの好きな人たちに対して、神格化するには知らなすぎるし無かったことにするには知りすぎたと思う。わたしは彼らの名前も声も知っているけれど、彼らはわたしの名前も声も知らない。
あくまで他人であるはずの好きな人たちは、わたしの人生を語る上で欠かせない存在となりつつある。その好きな人たちに何かあったら人生の根幹が揺らぐんだろうかと思ったこともあるけれど、別にきっかけはさておきその先の行動はわたし自身の選択だと、今は思う。
知識を得るって?
まず前提として、得たい知識にアクセスできること自体が恵まれている、という意識は明確な実感としてある。わたし自身はそういう意味で(あえて言うなら)とんでもない特権階級なんだろう。情報精査の方法を学校教育の一部として習い、手軽に情報にアクセスできる自分専用のデバイスが手元にある。そのあたりの格差が解消されてほしいと切実に考えているし、恵まれているという自覚の上で知識を得ることを億劫がりたくないと思う。
何事も学び切ることなどないと実感する日々だけど、知識を得続け、アップデートしつづけるということは自分の周りにいる人たちへの一つの誠意だと思う。だからこそ、わたしは何かマイナスなことが起きたりその報道に触れたりしたとき、わりと徹底的に調べてみるタイプだ。
知識を得るということは、土壌をつくるということに近いと思う。良い土がなければ良い植物が育たないように、知識がなければそこから発展することは無に限りなく近いだろう。知識があるから生きることができるし、問題を認識することができるし、理不尽に対して抗議することができるし、自分自身をまもることができるし、未来のために声をあげることができる。
では、知識があることでなんだって解決できるんだろうか。知識さえあれば、誰も傷つけずに済むんだろうか。わたしは今大学で学んでいるけれど、知識を得れば得るほど、現状の限界をつきつけられているような気分になることがある。所属している支援団体で新規採用のお手伝いをしている中で、熱意も知識も持ち合わせているのに支援員としてうまくいかないケースを多々見てきた。知識を得ることはベースとして間違いなく必要だけど、そこをゴールにするのはあまりにも短絡的で危ういと感じる。
興味・関係がある話題なら話ができる?
最近、アメリカの大学の軍需産業加担に関する学生と大学の抗争の情報を追っている。日本で報道される分では飽き足らず、BBCやCNNの報道も見ている。この熱量は元ルームメイトがその抗争の渦中にいるということがかなり関係していて、その元ルームメイトの存在が無ければここまで関心を持つことはなかっただろう。
とは言いつつ、そのことについて「話せる」かと問われると、わたしの場合は話が変わってしまう。
ジャニーズ事務所の性加害問題がそこら中で報道されていたあの時期、TLを流れる数多の意見に触れていながら、なかなか自分自身の意見を発信するに至らなかった。ジャニーズ事務所に所属していた人たちはこの数年わたしの関心ごとの相当な上位を占め続けていたというのに。
わたしは、知識がないことについてある程度知識を蓄えた実感を得られるまで喋れない傾向にある。最初から何も間違えてはいけない気がしてしまうし、間違いを恥じる気持ちがあまりにも強い。100%間違えないことは不可能なので"考えようとし続けること"に重きをおくべきであると頭ではわかっているものの、どうしても自分の間違えを恥として見てしまう。他人の間違えも意見が変わることも気にならないのだけど。
映画に出ていたオタクたちも、今後意見が変わることだってあるだろうし、自分の発言を後悔する日だって来るのかもしれない。それでも映画という思い切り開かれた場で意見を発信していた。その姿は眩しかった。
今言える、言いたいことを、なけなしの勇気を振り絞って残しておく。
性加害/性被害に限らず、加害/被害問題はそれを問題として認識することが鍵になる。正しい情報や経験に基づいた情報を発信するということは、誰かが問題を認識する手助けになる。だから、事務所は、もっと性加害/性被害についての情報を発信してほしい。
コミュニティと心理的安全
映画の中で、犯罪者になった元推しのグッズを見せ合いながら語るシーンがとても印象的だった。大学の実習中にピアサポートを見ているときの気持ちと似ていた。
あえて堅い言葉で表現するなら、「心理的安全の担保された空間」が映されていた。否定されないとわかって(知って)いて意見を一旦受け止めてくれると信頼をおく空間で、思う存分怒り、悲しみ、いくら傷ついても今後も無情に続いていく日常を思うこと。
Xやマシュマロは匿名ツールである。鍵垢でない限り閉鎖されていないし、いわゆる「顔の見えない」関係性。でも、先日のスペースは確かに対話だった。
オンラインであり、好きな人たちが共通しているという一点突破に近い形でランダムに集められたコミュニティでの対話。オタクは多様であるからこそ相手と自分自身は違う人間であると線を引いた上で話し、オンラインであることで実体を持たず円になれたのかもしれない。
これって諦めなんだろうか
組織や社会、場合によっては個人に対しても、意見をするというのがとても億劫に感じることがある。
理由は様々で、前に言っても話を聴いてすらくれなかったという体験だったり、この人に話すのはなんとなく怖いという漠然とした恐怖感だったり。そうして押し込めてきた意見たちは、また別のところで別の形で発散されることもあれば、ずっと燻っていることもある。
例えば、わたしは実習中によく別の学科と間違えられる。一昔前まで、わたしの所属する学科は男性が圧倒的な大多数で、同じ場所にいる女性は別の学科の人がほとんどだったことが影響していると推測できる。1年生の頃は悪意を持ってのものかどうかを考えたこともあるけれど、今はもう何も考えず笑顔で訂正している。同じ人から何度も続けて間違えられたときは支障が無さそうなら、受け流している。
これらは諦めているということになるんだろうか。
少し話は変わるが、先に述べたようなことがあったとしても、個人に対して腹を立てることができない。差別は個人ではなく社会の構造に問題がある、という考え方を知って数年が経った。わたし自身も多元的に見ればマジョリティとマイノリティを併せ持っていて、その中で無自覚的に差別や格差構造に加担してしまっているのだろう。そう気がついてからは、どす黒い気持ちは個人でなく社会に向くようになった。似たような話は今年度の東大の式辞にも出ている。
社会は巨大だ。想像もできない、一生触れない部分があり、未知数の個人の集合体だ。そこに向かって意見するなんて、怖い。未知数であるということへの解像度が上がれば上がるだけ、どんどん怖くなっていく。周囲の人を傷つけないように気を配り、自分が加担してしまっている構造を考えつづけることはしていきたいけれど、できることなら意見も指摘もせずにひっそり生きていたい。これも最近の若者らしい無関心なのだろうか。これもまた、諦めなんだろうか。
これを諦めと言われたら、それはそうなんだろう。だって何も表出させていないから。やる前から諦めるなと誰かから叱られ、「これだから今どきの若者は」とため息をつかれるのだろうか。
「スンッ」より「はて?」で世界を開け 「虎に翼」作者インタビュー:朝日新聞デジタル
世界を開き続けられるだけのエネルギーを持ち続けられるんだろうか。今のところ、あまりそういう想像ができない。
とりあえず、明日起きるために眠りにつく人を好きでいる限り、わたしは明日を見ようと思えるので、もう少し考えつづけて、また誰かと話せたら良いなと思う。